山内一豊(東軍)

yamanoushi.gif
ふりがなやまのうちかずとよ
生誕天文15年(1548)
死没慶長10年(1605)
領地戦前遠州掛川6万8千石
領地戦後土佐高知20万2千石
合戦当時の年齢55才

一豊は尾張に生れる。尾張国織田家家臣、山内但馬守盛豊の次男。
信長に仕えた後、秀吉に属す。賤ケ嶽の戦、小牧の役に功あり。
天正13年(1585)、長浜2万石の城主。
天正18年(1590)の小田原攻めでの功により、遠州掛川5万石の城主。
関ケ原の合戦では、かの有名な一豊の妻が三成の挙兵をいち早く家康に知らせるなど夫妻一体となって東軍のために活躍する。
本戦では、中山道沿いに陣し、南宮山の敵に備えた。
戦後、家康から土佐一国20万石余を受け高知城へ入る。

陣跡位置図


より大きな地図で 陣跡MAP を表示