福島正則(東軍)

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ふりがなふくしままさのり
生誕永禄4年(1561)
死没寛永元年(1624))
領地戦前尾張清洲20万石
領地戦後安芸広島50万石
合戦当時の年齢40才

正則は福島正信の子として尾張に生まれる。幼時より豊臣秀吉に仕え、市松と称した。
賤ケ岳七本槍の随一の戦功をあげた。天正13年(1585)伊予今治11万石の領主。九州、小田原、朝鮮の諸役に活躍した。文禄4年(1595)、尾張清洲24万石の領主となる。関ケ原の合戦では東軍の主力として最前線で活躍。また軍用米を工面するなど功は大きい。
広島城49万石を得たが、決しておごらず部下将兵をねぎらったという。元和5年(1619)、城の無断修築で領地没収となる。

陣跡位置図


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