島津義弘(西軍)

shimazu1.gif
ふりがなしまづよしひろ
生誕天文4年(1535)
死没元和5年(1619)
領地戦前薩摩60万5千石
領地戦後戦後講和 領地確保
合戦当時の年齢66才

兄島津義久の譲りを受け、18代当主となる。豊臣秀吉の九州平定後、大隅一国を安堵された。
朝鮮の役では明の董一元の主力軍を泗川の新寨城で破る。
関ケ原の合戦には甥の豊久を先鋒とし、小池村に陣す。
右手には小西軍、左手に石田隊の先鋒蒲生軍と並んで布陣。
小丘のため軍を守って戦う。
西軍総崩れの中、敵中突破を敢行。
猛烈な撤退を行った。
豊久、重臣長寿院盛淳らを失いながらも海路帰国し、桜島に蟄居した。法名から、惟新とも言う。

陣跡位置図


より大きな地図で 陣跡MAP を表示