木下利房(西軍)

kinoshita2.gif
ふりがなきのしたとしふさ
生誕天正元年(1573)
死没寛永14年(1637)
領地戦前若狭高浜2万石
領地戦後
合戦当時の年齢28才

秀吉の義兄。木下家定の次子。
播磨に領地を与えられ優遇される。
秀吉の死後、家康に近づいたが、関ケ原では三成の誘いに応じ西軍に属した。
利房の末弟、小早川秀秋は東軍に反応したが、利房は家康に従わなかった。
合戦当日は大谷吉継、平塚為広とともに山中の中山道筋に布陣した。
敗軍の士であるが、北政所の所縁により所領は奪われたが、死罪は免れた。
大坂の陣で家康に従い備中足守で2万5千石を與えられた。